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Про яйца Фаберже по-японски. ГОП Московского Кремля

Автор: Светлана Хруцкая Это материал для учебного курса молодых гидов нашей Ассоциации. Обнаружила, что ни в каком японском путеводителе подробно они не описаны. Решила текст написать сама. 武器庫
日本語ではちょっと無粋(ぶすい-не утонченно) な名前になっているが、ここは目もくらむような博物館であり、一大宝物庫(秘宝室)です。武器庫は12世紀に武器を作る作業場と、それを保存する倉庫としてたてられました。その後、金、銀細工(さいく)や装飾品、宮廷用衣装、イコンなどを作る工房が加えられました。さらに、戦利品や外国からの贈り物もここに保存されることになり、19世紀になって、博物館に生まれ変わりました。 ファベルジェという宝石会社について 19世紀後半の、宝石製造の拠点は、モスクワ、ペテルブルクの大型の宝石店に集中しました。 (Во второй половине 19 века ювелирное производство сосредоточилось в крупнейших фирмах Москвы и Петербурга). 19世紀末、20世紀初めごろ、ファベルジェという宝石会社はロシアで一番有名でした。王様から農民まで、みんな、その会社の品物:フォーク、写真フレーム、手帳、たばこ入れ箱、ベール、コップ、宝石装飾品などを喜んで使っていました。その販売店がロシア、ヨーロッパ中にありまして、カタログ販売も行われました。ファベルジェは特にに復活祭の贈り物、イ-スターエッグ、つまり、復活祭のたまごで有名になりました。ロシアには、復活祭の時に綺麗に飾られているたまごを交換するという習慣があります。たまごそのものは復活のシンボルですから。一般の人々にとって、ファベルジェは小さなペンダントの尻尾焼きのたまごを作っていましたが、ロマノフ王朝にとっては、「思いがけないプレゼントのついた復活祭のたまご」を、特に、大きくて、綺麗なものを約50個ぐらい作りました。毎年、二個が作られて、つまり、王様のお母様(皇太后)と奥さん(皇后) に一個づつ贈られたわけです。今、武器庫には十個の
Фото из интернета
Фото из интернета

Автор: Светлана Хруцкая

Это материал для учебного курса молодых гидов нашей Ассоциации. Обнаружила, что ни в каком японском путеводителе подробно они не описаны. Решила текст написать сама.

武器庫
日本語ではちょっと無粋(ぶすい-не утонченно) な名前になっているが、ここは目もくらむような博物館であり、一大宝物庫(秘宝室)です。武器庫は12世紀に武器を作る作業場と、それを保存する倉庫としてたてられました。その後、金、銀細工(さいく)や装飾品、宮廷用衣装、イコンなどを作る工房が加えられました。さらに、戦利品や外国からの贈り物もここに保存されることになり、19世紀になって、博物館に生まれ変わりました。

ファベルジェという宝石会社について

19世紀後半の、宝石製造の拠点は、モスクワ、ペテルブルクの大型の宝石店に集中しました。

(Во второй половине 19 века ювелирное производство сосредоточилось в крупнейших фирмах Москвы и Петербурга).

19世紀末、20世紀初めごろ、ファベルジェという宝石会社はロシアで一番有名でした。王様から農民まで、みんな、その会社の品物:フォーク、写真フレーム、手帳、たばこ入れ箱、ベール、コップ、宝石装飾品などを喜んで使っていました。その販売店がロシア、ヨーロッパ中にありまして、カタログ販売も行われました。ファベルジェは特にに復活祭の贈り物、イ-スターエッグ、つまり、復活祭のたまごで有名になりました。ロシアには、復活祭の時に綺麗に飾られているたまごを交換するという習慣があります。たまごそのものは復活のシンボルですから。一般の人々にとって、ファベルジェは小さなペンダントの尻尾焼きのたまごを作っていましたが、ロマノフ王朝にとっては、「思いがけないプレゼントのついた復活祭のたまご」を、特に、大きくて、綺麗なものを約50個ぐらい作りました。毎年、二個が作られて、つまり、王様のお母様(皇太后)と奥さん(皇后) に一個づつ贈られたわけです。今、武器庫には十個のImperial Eggsを見ることができます。そのほかの多くのものは革命後、外国に持ち出されて、世界中に散逸(さんいつ)することになりました。20年前にFORBES COLLECTIONの9個などを実業家のVICTOR VEKSELBERGが買い取って、今、それらをサンクトペテルブルクの博物館には展示されています。では、これからロシアの国外に持ち出されたことがない、特にに有名なエッグをご紹介します。

ファベルジェのイースターエッグ

1.「百合(ゆり)の花束の時計」 Яйцо-часы с букетом из лилий 1899

Фото из интернета (diafilm.su)
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ニコライ二世はそのたまごを愛妻のアレクサンドラ皇后に1899年に差し上げました。思いがけないものは時計ですが、時計の矢が動いていません。時計そのものは動くのです。ファベルジェ社は一時的に途絶えてきたロシアのエナメルの製造の技術を復活させて146色彩以上の色を作ることに成功しました。その黄色も綺麗でしょう。あの緑もそうでしょう。時計の上にはずい(халцедон)でできた百合の花束があります。百合の花束は聖母マリアと清らかさのシンボルです。百合の花束に下に見えるバラの輪は花の言葉で「愛」を意味しています。たまごの基本の材料は銀です。かなり重いです。6キロぐらい。ちょっと信じがたいでしょう。

2. Память Азова 「アゾフの思い出号」 1891

Фото из интернета
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この「アゾフの思い出号」の巡洋艦に乗って、皇太子だったニコライが1891年には教育の目的で東へ向かう世界の旅をしました。日本の大津(OTSU)事件で殺されそうになった次の日はちょうどパスハー復活祭にあたりましたので、皇太子の母のマリア・フェオドロヴナ皇后がこれををプレゼントでいただきました。たちまち、皇太子ニコライが日本でのの滞在を中止し、あわててウラヂオストクに戻って、そこで、シベリア鉄道の建設の開始式に参加しました。

(海を意味するアクワマリンも素敵でしょう)。

3. Транссибирская магистраль 「シベリア鉄道のたまご」1900

Фото из интернета (diafilm.su)
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1900年にはシベリア鉄道ができた際、このたまごが製造されました。そのたまごのサプライズが内部にある汽車です。鍵を回せば走れます。(からくり人形のようです) 蒸気機関車がプラチナで作られており、車両は純金です。一等車、二等車、食堂車と教会車もあります。なかもちゃんとベンチができています。たまごの真ん中のところには銀のシベリア鉄道の地図を見ることができます。

このエッグはパリーの世界博覧会で一章を受賞しました。シベリア鉄道が出来上がったと同時に日露戦争が始まりました。

4. Кремль 「モスクワクレンリンの卵」1904-1905

Фото из интернета
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この最も大きなImperial Easter Eggは日露戦争の時に作られました。それを作り上げるのに2年もかかりました。クレンリンの「ウスペンスキ寺院」はたまごの形になっています。窓の中を除くとちゃんと、ウスペンスキー寺院の内部が見えます。柱、祭壇、シャンデリアなどもあります。

このたまごがオルゴルです。作曲家チャイコフスキーの聖歌隊の曲を聞けます。

5. 300-летие Романовых 「ロマノフ王朝300周年」1913

Фото из интернета
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これは1913年に、ロマノフ王朝300周年記念日に当たってできたたまごです。18名のロマノフ王朝の皇帝と女帝の顔を見ることができます。

6. Штандарт 「スタンダルト ヨットのたまご」1909

Фото из интернета
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ニコライ二世が妻アレクサンドラ皇后への復活祭の贈り物として制作させたエッグです。透明なロッククリスタルをくり抜いたデザインで、横向きに設置され、中央には金の帯が施されています。その帯には緑のエナメルで象られた(かたどられた)葉は小さなダイアモンドが上下の境界を飾っています。そこには「Standart 1909」という銘(めい)が刻まれていました。このエッグの名称(めいしょ)となった「スタンダルト号」はロシア皇室(русский императорский дом)が所有していた豪華なヨットの名に由来します。「スタンダルト号」はアレクサンドル3世がコペンハゲンで発注し、1895年に進水しました。全長116メートルに及び、世界最大のヨットとして知られていました。たまごを支えているイルカや両側のわしがラピスラズリットで出来ています。ラピスラズリットとロッククリスタルの合せが素晴らしい。たまごの中にヨットの模型があります。純金とプラチナで作られています。

7. Александровский дворец 「アレクサンドル宮殿のエッグ」

Фото из интернета
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そのエッグはひすいでできており、エカテリナ宮殿の横にあるアレクサンドル宮殿の模型がその仕掛けになっています。日露戦争の時に、テロ事件の恐れのため、最後の皇帝の家族は冬宮から郊外のアレクサンドル宮殿へ引越しました。たまごの表側のメダリオンの顔はニコライ二世の5名のおこさんの顔です。彼らの名前の最初の文字はそれぞれのメダリオンの上にあります。ダイアでできています-Alexei,Olga,Tatiana,Maria,Anastasia

その宮殿からみんな1917年にはシベリアの方へ連れて行かれて、1918年7月18日に、エカテリンブルクでレーニンの命令で暗殺されました。現在、全員、聖人として名づけられています。

アナスタシアとかアレクセイは生き残ったという話しもありましたが、それは、多分、全部うそです。

8. Одуванчик タンポポ

このタンポポも素晴らしい贈り物です。タンポポのわたは本物でダイアのピンで止められています。

10. Фигурки 天然石のminiature

Фото из интернета
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当時、東洋美術のブームだったので、ロシアのウラル地方の天然石でできている小さな彫刻は日本の根付けを思い出させています。実は、ファベルジェの家族は根付けも集めていました。

ここにある可愛い動物は全部、最後の皇帝の家族の持ち物でした。

100年以上経ったいまもその美しさと歴史的価値によって世界の人々を魅了し続けています。ファベルジェの名は歴史に刻まれるようになりました。

ロシア🇷🇺、モスクワ、クレンリンへようこそ!

Добро пожаловать в Москву! В Россию!

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参考資料

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